再読したくなる切り抜きブログ

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アンネの日記

アンネの日記

 

1944年5月3日 わたしは若く、いまはまだ埋もれている多くの資質をそなえています。若く、強く、そしていままさに大いなる冒険を生きています。いまはその冒険のただなかにいるからには、たとえどんな楽しみも得られないからといって、一日中愚痴ばかりこぼしているわけにはゆきません。わたしは多くのものを与えられています。明るい性質と、あふれんばかりの明朗さ、強さを持っています。日ごとにわたしは精神的に成長してゆくのを感じます。開放が近づいているのを、自然がいかに美しいかを、周囲の人たちがどんなに善良な人たちであるかを、この冒険がいかに面白く、興味の尽きないものであるかを感じています。だったら、なぜ絶望することがあるでしょう。

 

1944年5月7日 アンネ、あなたにはまだまだ学ばなければならないことがたくさんあります。まずは他者に学ずことから始めて、人を見さげたり、他人ばかり非難したがるのを辞めることです。 わが身をかえりみて、わたしは深く恥じるべきですし、また実際に恥じてもいます。 してしまったことは取り返しがつきませんが、二度とそれを繰り返さないようにすることはできます。わたしは出発点からやり直したいと思いますけど、今ではペーターがいてくれますから、それは決して困難ではないはずです。彼に支えてもらえれば、きっとやりなおせるでしょうし、また、絶対にそうなって見せます。今のわたしは、ひとりぼっちではありません。愛してくれる彼がいます。わたしも彼を愛していますし、そのほかにも、本や、自作のお話や、この日記帳があります。それほどひどいブスでもありませんし、まるきりバカでもありません。郎かな気質を備えていますし、立派な人格をそなえたいと願っています。 そして断固として、自分を磨いてゆくつもりです。

 

1944年6月13日 貧富の別なく楽しめる自然というものから、私たちほど完全に遠ざけられ、しめだされている人間はいないでしょう。私は空を見上げ、雲を、月を、星を眺めるとき、心が落ち着いて、辛抱づよくなれます。 何事も笑いとばし、他人のことは気にしないこと!利己的に聞こえますけど自己憐憫にひたりきっている人に対処するには、正直なところ、唯一の療法なんです。

 

1944年7月6日 ごく正直に言うと、「自分は弱い性格だ」と言いながら、それで平然としているのって、わたしにはとても考えられません。それがわかっているなら、なぜそれと闘おうとしないんでしょう?なぜその性格を鍛えなおそうとしないんでしょうか?答えはこうです「このままでいるほうがずっと楽だから!!」この答えには少々失望せざるを得ません。楽だから?ということは、怠惰な、虚偽に満ちた生涯の方が、楽な生き方だとでもいうんでしょうか。まさか、そんなことがあるはずありません。そんなことがあってはなりません。人間がそんなにもたやすく誘惑されるなんて、容易さに、そして金銭にも。

自分の足で立つことは、もともとむずかしいことではありますけど、それよりももっと難しいのは、確固たる人格と精神とをもって自立しながら、つねに自分自身に忠実であり続けることです。

学ぶ機会が与えられ、何かを成し遂げる可能性を与えられ、大きな幸福を期待するだけの根拠を持って生きてきました。とはいえ、それは各自が自分の力で勝ち取らなくちゃなりません。そしてそうすることは、決して容易いことじゃないんです。もしも幸福を勝ち取ろうとするなら、勤勉に働き、正しい行いをし、怠けたり、ギャンブルにふけったりすることがあってはなりません。怠惰は一見魅力的に見えますが、本当に満足を与えてくれるのは、働くことなのです。

 

問題は神を恐れることではなく、自らの名誉と良心を保つことなのです。誰もが毎晩眠りにつく前に、その日一日の出来事を思い返し、何が良くて何が悪かったか、きちんと反省してみるならば、人はどれだけ崇高に、立派に生きられることでしょう。そうすれば、知らず知らずのうちにあくる朝からさっそく自分を向上させようと努めるようになるはずです。その努力を通じて、やがて多くのものが得られるだろうこと、それは言うまでもありません。これは誰にでも実行できることです。費用もかかりませんし、実際とてもタメになります。まだこれを知らない人は、ぜひとも経験によってこのことを学び、発見して欲しいものです。

「澄みきった良心は人を強くする」って